今日ふと見た中村獅童さんのお母さんのご葬儀での中村獅童さんの挨拶。見入ってしまいました。

そして、こみ上げてくるものがありました。

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中村獅童さんの挨拶についての内容は割愛しあすが、こちら見てください。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131220-00000014-nksports-ent

 

私は芸能人と言うのは身内の不幸でさえ露出の為のひとつのイベントとせざるを得ない面があると思いいつも気の毒に思っていました。

それはある意味においては、「芝居をしている人も」いると思っていました。今でも思っている部分はあります。

 

でも、今日の中村獅童さんの挨拶を聞くと非常に率直で全く芝居などでない一人の人間としての言葉を聞いた感覚を持ちました。

 

今日は「人間って愚かであり、忘れるから行きられる」と言う話をしていたのですが、まさにそうであり中村獅童さんも己の失ったものの大きさを残酷なほど感じる時が来たのだと思います。

 

でもそれは人間全てに訪れるものなので平等でもあります。 しかし、その失ったものの大きさをどれくらい感じることが出来るかどうかと言う点はその人間の感性にもよるところがあり、その感性によってその後の人生が変わってくるのかもしれません。

 

人は愚かであり失って始めて気づくことが多く、また気がついてもいつしかそれを少しずつ忘れて消化していく。そう言うものなんだと思いますが、それをどのように活かして消化していくかは、その人の感性や信念などによって大きく変わっていくものだと思います。

 

僕は歌舞伎の世界は全く知りませんが、最近は相次いで亡くなられる方が多くそれを世襲される方々の苦労はとても大変だろうなと他人事のように思っておりました。

歌舞伎役者であろうが、芸能人であろうが一般人であろうが同じですね。

みんな何かを背中に背負い、色んな物を失いながら気づいて行くわけですから、そこで何かを見出す意識を持たないと家族として受け継がれる「何か」が受け継がれて行かない危機感を感じたのでありました。