朝からオリンピックの聖火リレーが行われていました。
本来平和の祭典で政治などを介入を拒むはずのスポーツが異様な状況になってますね。
このことで感じることがあります。
「海外で起こっていることが日本でも無関係では無いと言うこと」
今回は聖火がたまたま来ただけですが、チベット問題という国際問題が日本でも実質的に展開されているわけです。
平和ボケの日本人にはなぜ中国人やチベット人、はたまた他国の人々がこうも過激に行動しているかを考えなければならない。
しかし、何とか無事に終わった様ですね。一部何かが投げられたりしたらしいですけど。
聖火を持って走っていた著名人が一番恐ろしい思いをしたことでしょう。
私は聖火が進む様子を見て、「日本はやっぱり治安がいいな」と思いました。
物々しい警備では有りながらもランナーは沿道の人に手を振る余裕もありました。(顔は強ばってましたが・・・)
他国の聖火を見てても日本が一番整然と走れていたのではないでしょうか??
このことは日本の治安の良さと警察や自治体などの沿道警備の素晴らしさが評価されるのではないかと思います。
そもそもチベット問題についてあまり深く語られることなく聖火がどうなるかばかりが注目されているようですね。
と、言うかそもそもチベット問題と聖火は直接関係ない訳で、主義主張を持った人が聖火を利用しているに過ぎない訳です。
しかし現実としてチベットは抑圧された状態にあり、特に欧州などは人権問題として強い懸念を持っているようです。
怖いのは中国がこの様な平和の祭典を「国威発揚」に利用している点です。
すごくナショナリズムを煽ってますよね。これは危険ですよ。数年前の重慶でのサッカー日本代表が取り囲まれた雰囲気と似ています。
中国で本当にオリンピックが無事に開催できるのか、相当な不安が私にはあります。
いずれにしても日本人は世界でおきている色んな事を身近な事として捉えなければならないときに、とてもいいきっかけをくれる出来事だったと思わなければならないと思います。
■光市母子殺害事件について
結論がとうとう出ました。 「死刑」
私は「死刑」は当然だと思います。
「死刑」いいか悪いかと言えば、究極的には死刑は廃止されなければならないと思ってます。
しかし日本は法治国家であり、最高刑が「死刑」である以上、これほど残忍は事件は「死刑」以外に選択肢は無いでしょう。
「死刑」を論じるにはその国の文化などを無視できないと思います。
多くの日本人はまだ死刑を「是」としている。しかし正解的には死刑は「否」であることが主流になっている。
どちらがいいか悪いかと言う議論はなかなか結果が出ないと思いますが、国の文化や思想が違えば死刑に対する考え方も当然違いますので、その国が死刑を持って罪を償うシステムを持っているのであればそれはそれでいいのだと思います。
ただ犯罪抑止力として有効かどうかと言うことも同時に考えないと行けませんね。
この間の自衛官などは「死刑になりたくて人を殺した」と言ってますがこんな連中には死刑は抑止力になり得ません。
光市の事件は弁護士の信頼も大きく損ないました。
あの弁護士達が被告を弁護したのは結果的にはマイナスになったと私は思います。
それは、世論がどうこうと言った問題もありますが、私には被告を利用して弁護士達が売名しているようにも見えました。
こんなん書くとこのブログが炎上します?? しません、誰も見てないので・・・・。
とにかく、今週は大きな事件や出来事がたくさんありましたね。





コメントを残す